【野村 花江】  【会員のつぶやき】    Top


(2022年8月8日)

     「カバディと世界と鎧を脱いで生きるということ」

 昨年から、カバディというスポーツにハマっています。
 カバディはインド発祥のスポーツで、日本ではまだマイナー競技と言われていますが、徐々に競技人口が増えています。
 内容は、「激しい鬼ごっこ」「走る格闘技」というようによく表現されます。ドッチボールコートのようなコート内で、鬼側(攻撃側でレイドと言います)が敵を触って自分の陣地に帰ると得点がもらえます。反対に敵側(守備側でアンティと言います)は、鬼に触られないように攻撃を避けつつ、相手の陣地に帰らせないように足を掴んで引っ張ったりタックルしたりして捕まえます。割となんでもありです。だから気をつけないと怪我します。

 当初、「日本代表と練習できるのが熱い」っていうだけの理由で始めましたが、正直、悔しいことばかりです。
 10月に始めて、11月の大会出てみない?と言われて参加したら未熟だからという理由で1秒も出られず、満を持して12月に出た大会で全治4ヶ月くらいの骨折をして松葉杖生活に。

 今年5月ごろから徐々に復帰するも仕事の都合で6月の大会ではほとんど活躍できず、監督に認知され頑張る場所ができてよし!と思っていた矢先にコロナになり、後遺症も考えると9月の大会に出られるかわからない(そうでなくても日本代表候補のチームメイトに勝つか移籍しないと試合にすら出られない)という状態です。
 本当に好きなのか? 向いていないのではないか?と今でも思っていますが、諦めたくないと思っている以上、もう少しやってみようと思っています。大きな怪我だけは絶対にしないで。

 他に好きなことはダンスです。ダンスはうまい人に憧れます(東京ゲゲゲイさんとか)。カバディは、日本にはおそらく視覚障害者でもできる形はないのですが、ダンスは視力が低下しても、一応できます。目はもうかなり見えないのですが、ブレイクダンスをやっている白杖ダンサーのモリコジャパンさんという方がおり、いつも勇気をもらっています。

 私は、緑内障の診断を受けていますが、まだ運転できる程度の視力は残っています。視野が狭くなって見えなくなる未来が来るかもしれない(来ないかもしれない)ということは怖いです。見えない生活が怖いというより、「見える」という自分の能力が一つ減り、自分でできないことが一つ一つと増えて、「誰にも助けてもらえないんじゃないか」という不安や、見えているということで自分を愛せていないことを、隠せていた部分が隠せなくなるのが怖い、という感じでしょうか。

 医者というレッテルを武器(盾)に、自分に価値がないと感じているのを隠していたのと同じかもしれません。でも価値がないというのは勘違いで、見つけていないか磨けていない(余計なものを削ぎ落とせていない)か、鍛えが足りないかだと感じます。見えているうちに自分から自分を偽るのをやめて、自然体の私を好きだと言ってくれる人たちと、この先の時間を一緒に過ごしていこうと決めています。そのままの自分を見せるのは怖いですが、それで「好きじゃない」と言われることは、自分に合わない人が去ってくれたということで望ましいはずです。

 自分がワーキングホリデーやJICA青年海外協力隊などを通じて海外に住んでみたいという夢もあります。私は、実は女性として生まれましたが、女性に恋をすることが最近多いです。もしお互いに好きだと感じられる相手が将来できたときに(誰かわかりませんが諦めません)お金を守れる人間でありたいと思いました。

 そのためには、日本しか知らず日本円しか持たず、お金のことが全くわからないようではダメだと感じました。一度海外を知る意味でも、1、2年程の海外滞在はいいかなと思っています。ただ、ワーホリは30歳の間にビザの申請が必要で、それから1年以内にその国に移動することが必要だし、カバディは2026年のアジア大会や来年の遠征を目指すとすると、どっちも行くのは難しいとも感じています。
 ただ、迷うときは一番欲しいものを望むときだし、どっちも欲しいときはどっちも取りに行くときなのではないかと思っています。
 今は海外に行く情報を集めつつ、「カバディ」頑張ります。