【第57回 日本医学教育学会 in AKITA】 【会員の論文・学会発表】 Top
日 時:2025年7月25日(金)〜27日(日)
会 場:あきた芸術劇場ミルハス、秋田市文化創造館
にぎわい交流館AU、秋田キャッスルホテル
テーマ:次世代の医学・医療を拓くデジタル教育の新たなステージへ
― All for Patients, All Together ―
理想的なチームビルディングを目指して!
■シンポジウム13
「身体障害のある医師および医学生を支援するための共同創造視点の探索」
S-13-3
「視覚障害のある医師の事例 ー 全盲・ロービジョンそれぞれの視点から ー」
守田 稔(かわたペインクリニック心療内科)
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1.自己紹介
守田 稔(もりた みのる)
・1975年、大阪生まれ
・視覚障害1級(光覚なし)、下肢障害2級、上肢障害3級
・精神科医、ペインクリニック心療内科で外来診療
・鉄道が大好き。食べることも大好き。
2.視覚障害の分類
◇視力の障害と視野の障害
・視力は物の見えやすさを示すもので、矯正視力0.6以下の場合に障害と認められ、
程度によって1級から6級に分けられている。
視野は物の見える範囲を示すものであり、残存視野を計算し、2級から6級に分類される。
・0.01以下の視力については、指数弁、手動弁、光覚弁に加えて、
光を全く感じない光覚なしの4つに分類される。
このうち手動弁以下の視力を盲と呼び、その中でも光覚なしを全盲という。
・指数弁以上の人を弱視やロービジョンということもあるが、
呼び方に対する明確な定義はされていない。
◇中途視覚障害
・中途視覚障害とは、もともとは晴眼者であった者が、病気や事故などの何らかの
要因において人生の途中で視力や視野に障害を生じ、視覚障害となった状態である。
視覚障害者の9割程度が中途視覚障害であると推定。
・視覚障害では、一般的に見えないことによる情報の障害と移動の障害が生じる。
3.ロービジョン
・視覚障害のために日常生活に不自由のある状態をロービジョンと定義されている。
・視覚障害者は全盲よりもはるかにロービジョンの人の方が多く、
ある程度の視機能を有し、残存視機能を活用しながら生活している。
ロービジョンの人は、「見た目には視覚障害者とわかりにくい」という特徴がある。
・ロービジョンの人は、見えている部分、見えにくい部分、見えない部分が
ひとりひとり異なっており、それによりできることできないことも異なっている。
・その日の体調や天候、周囲の環境によっても見え方は変化するため、
自分の見え方を正確に伝えるということはとても難しい。
また様々な見え方の人がいるため、ひとりひとりできることや困難なことが異なっている。
4.病気発症と医師法
・1999年5月 医学部5回生時ギランバレー症候群を発症。1年入院・1年通院。
右目:失明 左目:中心視野5度〜10度 = ロービジョン
・2001年4月 5回生に復学。
・2001年7月 左目も失明 =全盲
◇復学当時の医師法(抜粋)
第3条 (絶対的欠格事由)
目が見えない者、耳が聞こえない者、又は口がきけない者には、免許を与えない。
2001年7月16日施行 障害者等に係る欠格事由の適正化等を図るための医師法等の一部を改正する法律
◇法律改正施行後の医師法(抜粋)
第4条(相対的欠格事由)
次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
5.医学部時代のサポート体制
〈同級生のサポート〉
・卓球部の同級生たちが5回生の臨床実習班に名乗り出て、すべての実習の車いす介助。
・6回生の勉強会に予習なし、発表なしの形で参加。
〈大学のサポート〉
・可能な範囲の言葉での説明
・視覚を必要とする手技の免除
・卒業試験:別室受験、対面朗読、テープレコーダーでの録音許可、
口頭解答・代筆記入、画像問題除外
・国試特例受験方法確定後、各科教員による画像問題に対する練習会実施
6. 2003年3月 第97回医師国家試験
◆守田 稔(全盲)の特例受験
・問題内容・問題数は一般受験者と同じ(3日間 550問)
・別室受験で試験時間は通常の1.5倍(1日 約10時間)
・対面朗読で問題読み上げ。録音して聴き直し可能
・問題作成者による解釈を伴わない画像説明
・口頭で解答し、マークシートには代筆記入
7.現在の仕事
・奈良にあるペインクリニックの心療内科で外来診療、週4日・1日30人前後
・視覚障害のあることは全面的にオープン
・スタッフ1名が診察室に常駐し診察をサポート
・紙カルテ・電子カルテの併用
電子カルテはスタッフが操作。
電子カルテとは別の音声ソフトの入ったノートパソコンでカルテを記載し、
印刷したものを紙カルテに貼り付け。
医療情報:
・ボランティアの情報サポート、電子書籍・ネット情報
・視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる)での情報交換
8.視覚障害者の医学部受験、医学生、臨床について
・視覚障害者の受験希望者はロービジョンが多いと想像するが、今後全盲での希望者もゼロではない。
・医学部入学後に視覚障害をもつケース、視覚障害が進行するケースがある。
・視覚障害の程度や、その視覚障害を補うスキルの習熟度によって
ひとりひとりできることや困難なことが異なる。
そのため、視覚障害をもつ医学生の困りごとは画一的には表せず、
個々のニーズの聴き取りが必要。
また障害の進行によりニーズの変化する場合がある。
・医師になってから視覚障害をもつケースは一定数あり、
当事者会への入会や個別の問い合わせもある。
ただし、障害のあることを打ち明けられず抱え込んでいるケースもあると想像。
・医師は仕事内容の選択、職場の環境調節、周囲の理解があれば、
視覚障害があっても臨床を含めて仕事を継続できる職種と考える。
進行性の眼疾患の場合、準備のための情報収集が有益。
9.当事者の会・当事者に関わるサイト
@ 視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる)
・2008年に発足した視覚障害をもつ医療従事者の当事者の会。
当事者同士の情報交換や交流を行っている。
・2025年6月1日時点の会員数は144人。
視覚障害のある医療資格・福祉資格保有者は77人。うち医師は25人。
・本人、大学など関係者からの問い合わせにもzoomや電話で対応可能。
https://yuimaal.org/
A“夢をつなぐ” Doctor’s Network
・様々な障害のある医師の紹介や、合理的配慮・工夫事例、便利グッズが紹介されている。
・また、質問を書き込むと先輩医師から回答が得られるコーナーもある。
https://dream-doctor.net/
B 障害のある医療系学生・医療者支援ネットワーク
障害のある医療系学生や医療者、また彼らを支援する人が、ワンストップで参考になる情報を得られるサイト。
https://das-h.net/
10.医学部以外の医療・福祉系視覚障害学生 ケース@
@ A 看護大学看護学部看護学科
視覚障害の状況:
ロービジョン *主に視覚を頼りに情報を得ている。
大学の配慮:
・入試・定期テスト:拡大した問題・解答用紙の準備。入試では試験時間延長もあった。
・実習:視覚補助の先生(看護師)をつけてくれた。
コメント:
・自分自身も見え方をしっかりと伝えられていなかったこともあり、
初回の実習は補助がやや過剰という印象があった。
・実習後に自分の困っていることや補助をしてほしい部分を伝えると、
自分に合った補助を受けることができた。
(例:カルテの文字を読んでもらう、患者さんと車椅子の距離を教えてもらう)
卒後:
・看護師として仕事をしながら大学院に進学。
・現在、保健師を目指している。
11.医学部以外の医療・福祉系視覚障害学生 ケースA
A B カレッジコミュニケーション学部言語聴覚学科(アメリカ)
視覚障害の状況:
・ロービジョン *視覚と聴覚の両方で情報を得ている。
・運動障害の重複障害あり
大学の配慮:
・事前資料配布、対面朗読、座席の配慮
・障害学生支援室職員と大学教員の面談設定
コメント:
・教科書や資料の量が膨大で、対面朗読の時間では足りないことが多かった。
・全ての授業で資料の事前配布を受けることができず、予習や復習、友人や大学教員を頼った。
・合理的配慮を受けるための交渉に苦労した。
卒後:
・帰国後専門学校に通い言語聴覚士の資格を取得。
・公認心理師国家試験(Gルート)に合格。
・現在、資格を生かした仕事に従事。
12.医学部以外の医療・福祉系視覚障害学生ケース B
B C 女子大学健康福祉学部社会福祉学科
視覚障害の状況:
手動弁〜光覚弁 *音声パソコンなど聴覚から情報を得ている。
大学の配慮:
・入試前、入学前に視覚障害支援団体、本人、学校でどのようなサポートが
必要なのかについて話し合い
・入学前の構内歩行訓練、教室への点字シール貼り付け、移動動線の危険個所の改善
・オリエンテーションでの他学生への周知
・教員・職員サポートチームの結成、定期的に授業やテストの受け方、
実習や国試について話し合い
・授業資料のデータ提供、学校を通して出版社に教科書のテキストデータ提供の依頼
・板書やグラフ、写真、図は口頭説明や触ってわかるペンで情報提供、
音声解説のない動画は先生が隣で解説
・授業やテストはスクリーンリーダー搭載のPCで実施。問題用紙はテキストデータの形で提供。
・盲導犬の受け入れ、盲導犬について他学生等への周知
・国試模試や対策講座参考書などのテキストデータ化
・学校が費用負担し有償の学生ボランティアによる代読やテキスト化のサポート
卒後:
・仕事をしながら大学院に進学。
・音声パソコンで社会福祉士、精神保健福祉士国家試験、公認心理師国家試験(Gルート)に合格。
・福祉現場で相談支援専門員として目標であった対人援助の仕事に再び従事。
13.視覚障害者のパソコン利用方法と電子カルテ問題
◇ロービジョン:
・障害特性に合った画面調整をして操作
・低視力や視野障害、明暗調節障害や色覚障害などがあり、
フォント拡大、コントラストと色の設定変更など障害特性に合った画面調整が必要。
◇全盲:
・音声を聞いて操作
・スクリーンリーダー(音声読み上げソフト)を入れて、音声を聞いて利用。
・マウスは使用できず、すべてキーボードで操作できる条件が必要。
◇視覚障害医療従事者の電子カルテ問題
・現行の電子カルテは、十分な画面調整機能が備わっておらずロービジョン者が使用しにくい。
・音声ソフトがセキュリティーの問題と言われてインストールできない、
あるいはできても電子カルテが読み上げを想定した設計になっておらず
読まない箇所、キーボード操作では移動できない場所がある。
・電子カルテが使用できない → 仕事内容の制限 → 離職・失職
14.ゆいまーるから厚労省への要望・標準型電子カルテ作製のモニター参加
◇「医療DX令和ビジョン2030」
・厚生労働省は医療分野のデジタル化を推進
・実現のために電子カルテの標準化が柱の一つ
・200床以下の小規模医療施設に対し標準型電子カルテを開発中
◇ゆいまーるから厚労省への働きかけ
2023年 8月 「医療DX令和ビジョン2030」構築における視覚障害者の電子カルテ等アクセス確保の要望書提出
2024年11月 厚労省・デジタル庁と医療DX電子カルテ意見交換会
2024年12月 標準型電子カルテ制作における要望書提出
2025年 4月 標準型電子カルテα版のデモ動画 ロービジョン者のモニター参加
*今後も開発中のα版モニター参加を適宜実施していただけるよう希望を伝えている。
◇医療分野のデジタル化は「諸刃の刃(やいば)」
・視覚障害者のアクセスに配慮したデジタル化が実現すれば
今より仕事の可能性が広がり、仕事の継続・拡大が可能。
・他方、アクセス配慮がなければ離職・失職理由の主要因になる。
15.視覚障害のある患者の困りごと
・視覚障害では見えないことによる情報障害と移動障害がある。
・視覚障害の程度や、その視覚障害を補うスキルの習熟度によって困る内容は個々に違う。
・同伴者の有無、同伴者が情報共有してもいい人物か否かで困る内容が変わる。
・検査結果が見えない場合、通常の説明では理解できない場合がある。
・視覚障害者は「ここ」、「そこ」といった代名詞を使われるとわからない。
・医療従事者の中に視覚障害者がいると、視覚障害をもつ患者の困りごとへの想像力が高まる。
16.まとめ
・2001年の医師法、保健婦助産婦看護婦法など合計27の法律における欠格事由に関わる法律改正により、視覚障害者も医師国家試験を受験し、医師として仕事に従事することが認められた。
・2016年の障害者差別解消法、2024年の改正障害者差別解消法の施行により、視覚障害をもつ医学部希望者、医師は増加すると思われる。
・医師以外の医療・福祉分野でも視覚障害者の資格取得、就労は増えつつある。
・現行の電子カルテは視覚障害者に配慮した設計がされていない。
今後、視覚障害者のアクセスに配慮したデジタル化が実現すれば、視覚障害者は今より医療分野での仕事の可能性が広がり、仕事の継続・拡大が可能。