【私の現実と妄想】    【機関誌第6号】     Top


                  下 川 保 夫(しもかわ やすお)(熊本県)


 現在の病院に勤務して約20年経過した。当初は、10年程度は勤めようと思っていたがいつの間にか最高齢となっていた。古稀を迎え、最近は何となく体力・気力の衰えを感じる時がある。

 起床して家を出かけるまで時間がかかるようになったし、前夜に準備を怠ると車を待たせている。病院に着いてからも医局で白衣に着替えたり、タイムカードをかざしたりして、勤務病棟へ行くのだが、そこまでに時間が以前よりかかる感がする。おそらく同時に複数の行為を遂行することができなくなったのではないかと思える。

 また、この数年で私の兄たちが闘病生活を始めたり、亡くなったりしている。この分だと私もそろそろ身の回りの整理を少しずつしなければと「終活」に関する本や雑誌をサピエ図書館からダウンロードして聞いたりしている。

 体力の低下は私だけでなく私の一番のサポーターである妻も感じているという。もっと早く気づくべきだったが、そういう雰囲気を感じさせていなかった。妻は、「主婦業」を手を抜くことなく丁寧に愛情をかけて行ってきた。それに加えて私の同行支援者として、あるいはヘルパーとして、クラークとしてサポートしてきた。言い替えれば2、3人分の業務をしてきたのだから、今後は、もう少し休ませねばならないのは当然だろう。

 ところで私ができる家事行為は何があるのだろうか。起床後、玄関を開けて郵便箱から新聞を持ってきたり、夕方、門を閉めることぐらいかもしれない。ときには室内の拭き掃除をしたり、食器を片づけたり、洗濯物を片づけたりするが稀であり、どの行為も不完全である。ただそれだけで済めばよいのだが、食器を割ったりして結果的に妻に後片づけをさせてしまい、悲しませることも多い。
 結局、私ができることは、妻のサポーターとしての役割を最小限にとどめ、あれやこれやと頼まないことではないかと思えた。

 そこで身の回りの整理から始めた。そのためには文字や物の認識をする機器が必要となる。2014年からアイフォンを使うようになり、便利なアプリが無料でたくさんあることを知った。この数年間で書類をカメラで撮影して文字認識(OCR)し、読み上げするアプリがいくつも販売されてきた。その中にはカメラを向けるだけで読み上げするアプリもある。しかもごく短時間で完了する。無料では、Office Lens、有料ではEnvisionなどが昨年リリースされた。私もこれらを必要に応じて使用している。

 次にこれらを入れた整理箱、棚、あるいはファイル、封筒などに、その内容を印刷したラベル(大きさはさまざまあり、適宜に使用可能だ、私は名刺大を頻用)、時にはQRコードを印刷したラベル(専用プリンターが必要)を貼り付けている。当然、これらのラベルはアイフォンに入れてある上記のアプリを開いて読んでいる。

 最近、NFCタグを使った物体の識別アプリがリリースされている。NFCタグには衣類取り付け用、シートタイプ、クリップ付きなどがある。これらのタグに認識してほしい物体の内容をこのアプリを使って音声あるいは文字で入力しておき、その物体に貼り付けたタグにアイフォンのカメラを当てると登録された内容が音声、文字で出力されるということで、かなり便利なアプリと思われる。
 現在使っていないが、ボイスタッチのアイフォン版みたいだ。以上のような方法で一旦整理すると、探し物もかなり探し易くなり、妻への負担もいくらか軽くなるのではないかと思っている。

 尚、文字認識をいとも簡単にする機器が数年前販売された。それはメガネ装着型ウェアラブル端末「オーカムマイアイ」で、私はそれを2018年神戸で開催された視覚障害リハビリテーション学会でのデモ機器展で試すことができた。その時はもうここまできたかとびっくりした。
 それを今月、病院側が視覚障害者への合理的配慮として購入、使用できることになった。同僚(K先生)に見せると「これはすごい機器ですね」と言って、使用方法などガイドブックを調べながら説明してくれた。ただ、この機器の設定された最低音量がやや高いこと、また外部へ音漏れすることが気になる点であった。そこで、ブルートゥース対応の骨伝導イヤホンを用いて聞くと、適切な音量に合わせることができ、音漏れもなく周囲の人を気にすることもなく快適だった。

 次に負担の多い行為は移動支援だろう。この10年余り勤務先への往復は車での送迎だったので公共交通機関を利用する機会は少なく、白杖は使用していなかった。休日の外出は常に妻と一緒だった。私の運動不足を心配して天気の良い日には、約4キロから6キロ先にある運動公園、道の駅、物産館、温泉センターなどまで歩き、昼食あるいは夕食を食べて帰宅していた。
 この時は白杖を持ってはいくものの妻の肩あるいはショルダーバッグに手をかけて歩いていた。また近くのコンビニ、ドラッグストア、理髪店など自分の用事で出かける場合も同伴してくれないと行けなかった。

 年末に息子が久しぶりに帰省した時のことである。たまには近くの運動公園に行こうということになった。運動のつもりでこれまで行ったことのある急斜面を登る道を行こうとしたが、頭で描いていたその入口が分からず、息子が普通のなだらかな道を選んだ。目的地には行けたが、今の状態であればとても一人で行動することはできない、とつくづく感じた。

 このような場合、公助として、2011年の障害者自立支援法の改正で始まった同行援護を依頼する手段がある。事実、私は5、6年前から月に2回程度この制度を利用し、電車で熊本市まで行き、約1時間の尺八のレッスンを済ませ、帰宅していた。しかし、2018年3月にその業務を実施できる事業所の要件の猶予期間が終了し、当地の介護福祉事業所はこの業務から撤退した。

 当地域には公的にも私的にも同行援護を行っている事業所がない。同行援護者が少ない以上、多くのサービスは望めず、基本的に自助・互助を選択せざるを得ないのが現状である。ただ、今まで利用していた同行援護は別の地域にある事業所に継続してもらうことができ、ありがたいことに現在も利用できている。

 最近、白杖もいろいろ工夫開発され、内蔵された超音波、カメラを利用して前方に見える危険物などを音声あるいは震動で知らせる機能が備えられているものもある。また、マップを利用して目的地に案内してくれるかもしれない。

 他にも、歩行の手助けの手段に「ダイナグラス」というウェアラブル端末が最近、販売されている。それは首にかけて、胸の高さでの周囲の状況を音声で説明する。例えば交差点であれば「正面の信号機は赤です」などといった具合に話すとのことだ。

 私は病院の中を移動するとき、注意して歩いているのだが、それでも時々出っ張った柱の角で前額部をぶつけたりしている。それに気づいたスタッフに「大丈夫ですか」と声をかけられても「大丈夫です」と応えてきた。こういうことはしようがないなと諦めていたが、この機器を使うとこのような危険が減るかもしれない、と淡い期待をかけている。

 以前つぶやいたことがあるが、より安全に移動するには同行支援ロボット犬、あるいはポニーが開発されることを夢見ている。そのロボットには数台のカメラが内蔵され、周囲50メートル程度の物体・風景を認識し、震動あるいは音声で「背後から自転車がきます。もう少し右によけましょう」「前から車がきます。止まって様子をみましょう」「ここは天国と地獄への交叉点です。真っ直ぐ進みますか?」「右角にコンビニがあります」などと話しかけたりする。

 また、「今はどの辺りを歩いているのですか?」「サクラは咲いていますか?」などと尋ねると相応に答えてくれたり、「疲れたから乗ってもよいですか?」と言えば、それに応じて一旦停止したりするのだ。しかも時速2キロから6キロへと変更できるダイヤルボタンも備えている。

 このような機能があれば目的地まで安全に案内してくれるのではないかと胸を膨らませている。そうなれば、私をはじめ外出困難な視覚障害者及びそのサポーターがどんなに喜ぶことだろう。10年後は、これら同行支援ロボットと一緒に近くを散歩したり、日本各地を巡っているかもしれない。そのためにも体力・気力を維持するように努めねばと思っている。