【五重苦で苦しんでいます】  【機関誌第6号】     Top


                  田 中 康 文(たなか やすふみ)(栃木県)


 「見えない」「聞こえない」「話せない」という三重苦を負い、波乱の生涯を送った"奇跡の人"ヘレン・ケラー女史の話はあまりにも有名ですよね。井戸から流れる水に触れ、W(water)」という文字と言葉を初めて知ったエピソードに感動し、涙した人は多いと思います。そのヘレン・ケラー女子が初めて来日した時、横浜港の客船待合室で財布を盗まれてしまいましたが、ヘレン・ケラー女史は怒らず「お金に大変困っているのでしょう。私の財布でよければどうぞ」と寛大な言葉を発したそうです。

 ここでアレッと思う人がいると思います。「話せない」人がなぜ言葉を発することができるのかと。ケラー女史は実は裕福な家庭で生まれ育ち、両親の計らいで発声を教えてくれる人から訓練を受けたため、抑揚はないが少しは話せたそうです。
 このように歴史にも残り、心のきれいな人、奇跡の人と呼ばれたケラー女史は目が見えず、耳が聞こえない、少しは話せるという三重苦というより2.5重苦で知られていますが、この田中はそれを上回る五重苦で苦しんでいます。

 1つ目は全盲で、2つ目は最近、耳が遠くなっていることです。
 全盲に関しては、全盲になってからもう20年近く経っているため、今更どうということはないのですが、家内と京都の天橋立に行った時、山の頂上に登って大きな岩の上に立ち、後ろ向きに股の下から天橋立を覗いても何も見えず(当然と言えば当然)、その時は見えていたら天の川のようにきっと素晴らしい風景だろうなと想像していました。

 耳に関しては、先日、東洋医学学会へ盲導犬オニキスと一緒に参加した時、大きなホールで講演していた声がよく聞き取れず、空しく帰宅。これが相当こたえました。そのため、家内と一緒に近くの病院の耳鼻科に行って補聴器を試しました。何回か試して、業者に「ところで、これのお値段はいくら?」と尋ねたところ、両耳で32万円ぐらいと言われました。
 家内は「高いね、もっと安いところがないか探してみたら」と私に耳打ちしました。

 私は数日後、宇都宮の補聴器専門のお店に行って、良さそうな物を借りてきました。帰宅して家内が「いくらぐらいだった?」と聞いたので、私は恐る恐る「両耳で38万円らしい、その他はいいのがなかった」と言ったところ、「もっと安いのを買いに行くと言ったのに、ふれあい漢方の売上げを知っているの。毎月数万円しか残っていないのに、これでどうして買えるの。どうせ仕事中は左耳しか使っていないでしょうから、左耳だけの補聴器にしたら」と言われました。
 実際、私は患者さんを診察する時、私の左側に患者さんに座ってもらい、右耳はイヤホンを通して音声ソフトからの声を聴きながらキーボードを打っています。

 結局、私は19万円を持って、1週間後に左耳だけの補聴器を買いに行きました。漢方は儲からないのでもうやめたいのですが、他の仕事もないので、現在ホームページに疾患別と症状別の記事を一生懸命書いて、一人でも多くの患者さんに来てもらえるように頑張っています。

 3つ目は口が悪いことです。以前、埼玉のある人が「栃木で漢方をやっている医者がいるようで、それが関西弁丸出しで、これまた口が悪い医者らしい」という噂を聞きました。自分では口が悪いとは思っておらず、また関西弁を出しているとは思っていませんが、ふれあい漢方のスタッフに言わせると結構関西弁が出ているそうです。というのは、私は何気なく「そやかてなー」とか「ほんまかいなー」とか「アホかいな」などと、ズケズケとよく言っているそうです。

 4つ目は性格が悪いらしいです。スタッフからも「表と裏がなさすぎる」と言われることがあります。漢方に来られる患者さんは、しばしば他の医院で全然よくならない人や、訴えが多すぎる人が多く、嫁やご主人の悪口を言ったりする人が結構います。

 最初の数回はその話をよく聞いているのですが、毎回同じ話や暗い話ばかりだと気が滅入ってしまうので、つい本音が出て、「もういい加減にしたら」とか、「自分が悪いとは思わないの?」などと、ついつい批判してしまい、1度でもこのような言動をすると患者はもう来なくなってしまいます。
 スタッフに、「首を突っ込みすぎている」「もっとサラッと聞けばいいのに」とよく言われます。
 この性格を直そうとして教会で洗礼を受けたのですが、今のところ全然効果がありません。でも毎日聖書を読んでいます。家内に一緒に教会に行こうと誘っても「あなたが変わればね」と言われる始末です。

 5つ目は女ぐせが悪いらしいです。患者さんが、ふれあい漢方のホームページを見て、「先生、先生は今の奥さんは3人目ですか? ひょっとしたら火野 正平ですか? それとも石田純一ですか?」と言われたことがあります。私はもう70歳にもなっているので、家内に「あなたは全盲なので、自分一人で女性に近づくことができないのでおとなしくしていたら」と、いつも言われています。

 人生辛抱の連続ですが、その中で一筋の光を見つけて毎日をできるだけ楽しく生活しています。