【会員より】    【機関誌第8号】   Top


     「支えられて … そして白杖とともに」

               笹 川 静 子(ささがわ しずこ)(埼玉県)

 誰しも心に残る忘れられない大切な言葉があると思います。
 「お母さん、私が一番尊敬している看護師はお母さんだよ」

 これは私が看護師の仕事を辞めなければならなくなったときに、看護師の道を選んだ娘が私に伝えてくれた言葉です。そのときまで私は看護師を辞めることのつらさでどうしようもなく、心の置きどころがありませんでした。娘のこの言葉を聴いたときにすべてが報われたような気持ちになりました。それからの私を支えてくれた大切な言葉で決して忘れることはありません。

 病名を告げられたときから、いつかは看護師の仕事を辞めなければいけないとはわかっていたはずですが、そのときのショックは想像を超えるものでした。比較的病状の進行がゆるやかであったため看護師として長く働けたと思います。それでも未練がありました。
 それと同時に私を不安にさせたのは、人や社会とのつながりを失ってしまうのではないかということでした。そのときもやはり救ってくれたのは、家族の言葉でした。「今まで一生懸命に働いてきたのだから、これからは自分のために時間を使えばいいよ」

 その頃、私は視力もかなり落ち生活にも支障が出てきていました。自宅の近くで道に迷うこともありました。かかりつけの眼科の視能訓練士の方の勧めもあり、リハビリをする決心をしました。このことが私の生活と心を変えてくれ支えてくれることになりました。リハビリすなわち適応する力を養うものとなりました。

 歩行訓練について少しお伝えしたいと思います。白杖は持ってはいましたが、全く使いこなせてはいませんでした。訓練を受け始めた当初は、恐怖心との戦いでした。先生の腕にしがみつき後ずさりしていました。先生の腕をへし折るかのようなものすごい力で握りしめていたのです。私以上に恐怖を感じていたのは先生だったでしょう。

 それに加えて、ものすごい方向音痴の私ですから指導する先生は大変だったことと思います。訓練の最中に方角の確認をするのですが、東西南北がまったくわからず答えられないのです。太陽の位置を聞かれたときです。

 「太陽は、今どの位置にありますか?」
 私はこのときあのバカボンのパパの名言を頭に思い浮かべたのです。
 「西から上ったお日様が東に沈む」ということは逆を答えればいいのです。
 「今の太陽は東です」
 すぐに先生は「この時間は南ですよ」。

 アドバイスをもらい、北を背にすれば右手が西になるのだそうです。次の質問の時に方角を答えようとしたのですが、北がわかりません。先生に「北はどちらでしょう?」
 先生もあきれてしまい「諦めましょう。iPhoneを使いましょう」。
 その日から私は「ヘイ、シリ! コンパス」これで確認をすることになったのです。脳内マップをうまく作れない私は、この後も訓練で苦労しました。

 こんな私ですが、自宅からリハビリ施設まで片道1時間半をかけてどうにか1人で通えるようになりました。その道中たくさんの人たちの親切に助けられています。自宅までリレー方式でたどり着いたこともありました。
 またあるときは、少しやんちゃな男子学生さんたちが私を取り囲み電車に乗せてくれました。このようなことは珍しいことではないのです。皆さんの優しさに支えられています。

 私が視覚リハビリを受けようと思ったもう1つの理由が、点字の習得でした。将来会いたい孫に絵本を読んであげたいと思ったのです。私が点字の読み書きができるようになってしばらくしてからのことです。娘夫婦から手紙をもらいました。それは点字で書かれてありました。
 「赤ちゃんができたよ」というような内容が書かれてあったのです。ものすごい驚きとともにかつて味わったことのない感情があふれてきました。娘夫婦はまず、最初に私に伝えるために点字を選んでくれたのです。自分たちで一文字一文字を調べながらメッセージを書いてくれたのです。全く予想すらできませんでした。
 このように点字を使ってくれるなんて、すごいサプライズでした。私にとって点字はとても大切なものになりました。このほかにも視覚リハビリを受けたことで、私は生活がとても楽しく豊かなものになりました。

 しかし現状は、視覚障がい者の方すべてがリハビリを受けられるわけではありません。リハビリの存在すら知らない方が多いと思われます。診断を受けてリハビリにつながる方が一人でも増えてほしいと願います。今後、そのシステムを確立していくためにも私たち当事者がリハビリの必要性を声に出し続けなければいけないと思います。
 そして、その人それぞれにあった適切な時期にリハビリが受けられるようなシステムが大切です。リハビリはほとんどの場合、本人の意思によるものですが、専門的な立場からその意思決定を後押ししてくれるサポートが必要です。

 私はこれまで多くの支えがあって、今があります。これから私にできることは幸せに私らしく生きることです。今このときが幸せであれば、昔つらかったあのときの思い出も変わってくるはずです。私は今とても充実した時を過ごせています。それは些細なことに幸せを感じ笑顔で暮らせているからです。

 人はどんなことでも何かしらの役割を果たすことで幸せを実感できるのだと思います。これから私は多くの方々の支えとともにそして誰かの支えになれるよう白杖と共に生きていきます。やれることをやるのではなく、やりたいことをやると心に決めてこの先もう一歩先に進もうと思います。ゆいまーるとの出会いがもう一度看護の道へと導いてくれました。