村瀬 樹太郎(むらせ じゅたろう)
はじめに
2008年から2年間、慈恵医大第三病院で研修し、それを間もなく終えようとしている。ここでは、@ 現在の医師臨床研修制度について、A 慈恵医大第三病院を選んだ理由、B 実際の研修生活、について述べたい。
@ 現在の医師臨床研修制度について
研修制度の目的は、将来 専門とする分野に関わらず、一般的な診療において頻繁に関わる疾患に適切に対応できるよう、プライマリケア(初期診療)の基本的な診療能力を身につけることである。このため、2年間の臨床研修制度で、内科、外科、麻酔科、救急、小児科、産婦人科、精神科、地域保健が必修となっており、その他の選択科と併せて回る(スーパーローテイト方式)。
私が大学を卒業した2008年の時点で、臨床医になるためにこの2年間の研修制度を受けることは義務化されている。また、この臨床研修医制度では研修先は、研修希望者と研修病院がそれぞれの希望を踏まえたうえで、一定の規則に従ってコンピューターによって決定される(マッチングシステム)。
A 慈恵医大第三病院を選んだ理由
私が研修先として慈恵医大を選んだ理由は三つある。
まず一つは、母校であることである。研修制度といっても、その内容は病院によって特色が異なり、東京医療センター、聖路加国際病院、沖縄県立中部病院など研修病院として有名な市中病院も数多くある。慈恵医大入学当初は、研修先として外の空気から刺激を受けたいという思いもあった。しかし、視力障害により研修生活に支障を来すことは予想できたため、病院としてその状況を理解してもらいサポートをしてもらえるのは母校であると考えた。
二つは、慈恵医大第三病院は大学の附属病院でありながら地域に密着しており市中病院に近いからである。研修で学びたかったものはプライマリケアであった。厚労省があげる臨床研修の目標であるプライマリケアの修得のためには、専門的な疾患が集まり先進的な治療が行われる大学病院より市中病院の方が経験しやすい。
三つは、慈恵医大第三病院の研修環境である。研修医を支えてくれる指導医・他科の医師やコメディカルスタッフとコミュニケーションが取りやすい雰囲気であること、勉強会が充実していること、時間的に余裕をもった生活ができることなどという環境に惹かれた。
B 実際の研修生活
私の視覚障害は進行性の黄斑変性症によるものである。視覚障害があるといっても、私の場合は左眼の中心視野欠損(視力0.1)と右眼の中心暗点(視力0.4)であり、日常生活で大きく困っていることは無い。強いて言えば、本がやや読みにくいこと、車の運転ができないこと、人とすれ違っても誰であるかわかりにくいことだろうか。逆に、この程度であるため、周囲の人が視力の悪いことに気づかないこともある。
この状況で、研修開始時に病院側に配慮してもらったことは、あらかじめ回る診療科に視覚障害があることを伝えてもらうことと、体に負担をかけないための当直免除である。当直は、経験を積むために完全免除ではなく、17時から翌朝9時までの当直勤務時間のうち22時から6時までが免除となった。
研修医は国家試験を通過したばかりで、臨床的・実務的なことは まったくわからない。病棟業務では、診察以外に採血やレントゲンなどの検査、食事内容、安静度など指示を出すが、その際に必要な伝票の書き方、採血に使う管の違いなど一つ一つにとまどった。薬の名前も学生時代は一般名(成分名)で覚えるが、実際は商品名で処方するため、全ての薬が新しい名前ばかりで、最初は指導医や看護師に言われるがままであった。そんな右も左もわからない状態から次第に覚えていきつつ、各科の役割と基本的な疾患・治療法を学んでいった。
外科では術前・術後 管理と、手術に入ってその介助を行なった。介助といっても、術野を広げることや、結んだ糸をはさみで切るなど、手術自体に大きく関わらないものである。内科では、患者とより密接に接することや、家庭環境・介護など退院後の調整の重要性などを学んだ。救急部では、緊急性のある疾患かどうかの判断や、救急疾患の初期医療を経験した。
麻酔科では、術中の麻酔管理、麻酔の導入や気管挿管などの手技を体験した。産婦人科では、女性の「出産と死」という両端から人間の一生について考えさせられた。また、選択科として皮膚科、耳鼻科、放射線科を回った。このような経験を各科で1ヵ月から2ヵ月ずつ行い、慣れた頃には別の科に移動していった。
視覚障害により最も苦労したことは手技である。特に点滴を確保することは研修医の基本的な手技で、日常的に行われる。点滴を確保する手順として、刺す血管を確認すること、刺す針先の向きを確認すること、血管に沿って針を挿入すること、挿入した針から血液の逆流(逆血)を確認すること、針と一緒についている外套(プラスチックの管)を血管内へ送ることが必要になる。
経験により、血管の見つけ方や最後の外套の送り方は上達する。しかし、どうしても視力に頼らざるを得ない、針の挿入と逆血を確認することが問題となる。体位や周りの明るさを調節することで、失敗を減らす工夫をしてきたが、どうしてもできない場合は他の医師に頼むこともあった。
この他、麻酔科では気管挿管で位置を確認することや、糸を針に通すこと、管にワイヤーを通すことなどが困難であった。手技以外でも、皮膚や咽頭などの色の判別や、レントゲンやCTなどの画像の読影は苦労した。しかし、それらは所見の一つであるため、他の訴えやデータなどから総合的に考えるうえでは大きな問題となることは少なかった。どの場合においても、指導医の心遣いや研修医仲間に助けてもらいながら一通り経験できた。
おわりに
2年間の研修を通じて、医師としての基本的な態度と診察能力を身につけ、各科の役割と他科とのつながりについて理解できたと感じている。今後、専門として内科の総合診療部に進むうえで、この経験を活かしていきたいと思う。この研修を支えてくれた病院関係者、友人、ゆいまーるの皆様、そして家族に感謝する。