大阪マラソン悪あが記
渥 美 正 彦 (大阪)
人間というのは大型霊長類の中では特異な存在らしく、運動能力という点でも一風 変わっているようです。一つは、泳ぎがとてもうまいこと、もう一つは飛び抜けて長い距離を走り続ける能力を持っていることだそうです。42.195キロを走り続けるマラソンのような運動をおサルさんにやらせると、ほぼ100% 死んでしまうと聞きました。
人間がさらに変わっているのは、この極端な運動、もはや拷問と呼んでもいいような長距離走を好き好んでやろうとする突然変異体が少なからず存在しているという点です。2013年10月27日に、20万体の突然変異から選び抜かれたくじ運のいい突然変異3万体が大阪城に集結しました。『大阪マラソン2013』と名付けられた巨大ガマン大会に、私も吸い寄せられるように参加してまいりました。
酒好きの私が2週間前から断酒し、前日は22時に就寝、5時過ぎに起床しました。前夜から食塩を添加したスポーツドリンクを出走直前までちびちびと飲み続けます。エリートランナーとは違い、完走目的の市民ランナーにとって、マラソンとは食べ続ける競技になります。このため朝食は食パンを2枚と大福。出走までさらに3つ大福を追加します。
大阪城公園に溢れかえる人人人。おなじみの光景なのが、トイレ待ちの長い列。スタート1時間前に並んだのに、用を済ませたのは15分前でした。そこからスタート地点まで1キロ以上を全力疾走して指定位置に並んだ直後に締め切りの放送が。これに間に合わないと最後尾スタートになるところでした。
FM802のDJさんの実況放送の中、9時号砲。昨年よりひと月も早い開催でかつ快晴のため、スタート時点で19度もありました。これが後々効いてきます。見慣れた街並みを抜け、3キロ、5キロと気持ち良く走ります。大阪府庁を通過し、車のいない御堂筋を我が物顔で駆け抜け、中間地点の京セラドーム前へ。
この直後に最初の給食ポイントがありました。手前が塩飴、奥がバナナですが、これは罠です。暑い日は、ここで塩飴を取らないとダメなのです。愚かにも、迷わずバナナを鷲掴み。20キロ走ってから食すバナナは、天上界のお味でした。満足して再びコースへ。この頃から、私の後方に「ふなっしー」のコスプレランナーが現れます。沿道からは「ふなっしー」の声援が。
おのれ、こんなふざけた野郎に負けられるか、とペースアップします。はい、ジェラシーです。ごめんなさい。
30キロの壁をさほど感じず、35キロ地点。実は、今回は2度目の4時間切り(サブフォー)を狙っていました。35キロ地点でまだまだタイムに余裕がありました。唯一の難所である南港大橋を前に、コンビニで用を足しました。
颯爽と走り出そうとした瞬間、突然右の脹脛(ふくらはぎ)にこむら返りが! ストレッチをして気を取り直して走りだしたものの、1キロも進まないうちに今度は左足にも痙攣。
この時ようやく気づきました。暑い日に、塩分を摂らずに水を飲んでいると、汗で失われた体内の塩分が水で薄められ、低ナトリウム血症を起こします。これの初期症状が筋痙攣です。ハーフ地点でバナナの誘惑に負けて無視した塩飴の呪いが、ここで顕わになったのでした。
最初は片足ずつだったこむら返りが次第に両足同時に起こるようになり、5分に1回だったのが1分おきになり、走っているのか這っているのかわからないようなペースになりました。「ふなっしー」は遥か前方に消え、コブクロにもあっさり抜かれ、沿道のおばちゃんから「死んだらアカン!」と励まされ、這這の体でインテックス大阪のゴールゲートをくぐりました。記録は4時間11分55秒。最後の7キロで1時間以上かかっていました。
失意の中でふらりと立ち寄ったマッサージ店で地獄のフットケアを受けて絶叫し、さらに肩を落として帰宅しました。それでも自宅では、妻と子供が健闘をねぎらってくれました。翌日起きると、足の痛みはかなりマシになっていて、マッサージの効果を実感しました。今年は患者さんに事前にお知らせしていたので、皆さんから完走を讃えていただきました。
マラソンは、走っている間は拷問そのものですが、走り終えると幸せになれます。これを知っているので、サルならぬ人は、あんなにも長い道のりを走れるのかもしれません。今年もくじ運に恵まれたら、ぜひ出走したいものです。