【シンポジウム 27 ー 生 駒 芳 久】 【機関誌第4号】 Top
「公立精神科病院における全盲の視覚障害をもつ精神科医の日常業務について」
1.はじめに
【生活歴】
・19歳 網膜色素変性症と診断される。症状は、夜盲と視野狭窄。
・23歳 工学部卒業。電気会社や市役所で働く。
視覚障害は、徐々に進行。
・28歳 盲学校ではり灸を学び始める。矯正視力 0.3、視野 5度。
・30歳 医科大学入学。
・36歳 (昭和61年) 卒業。
【勤務歴】
・2年間、医大神経精神科で研修。その後、県立精神科病院で26年勤務。
・10年前、左眼失明。5年前には、両眼失明。
・白杖歩行や音声パソコン、点字は必要に応じて習得。
・現在、精神科常勤医として、外来、入院診察、当直を行う。
2.日常業務の概要
【移動】
・通勤は、電車、バス、車、白杖歩行。
・病院建物内では白杖は使わない。
・病棟入口までは手すりを使用。
・病棟内は、看護職員がサポート。
【診察】
・診察室、ベッドサイド、隔離室で診察。
・「精神科的診察」は、サポーターまたは看護職員が付く。
・カルテや処方箋、診断書、紹介状の口述筆記や読み上げをしてもらう。
・患者によっては治療者が一人で診察する。
・自ら記載するときは、カルテを開く、記入部位へのカーソル固定などをしてもらう。
(写真は、診察室で定規を当てて書いている様子)
・「身体的診察」には、看護師が同席する。
・聴診、検脈、血圧測定、触診、打診は自分で行う。
・外傷、皮膚診断は看護師の助言を得て判断。必要に応じて他の医師に依頼。
・その他、身体的処置は、内科医に紹介。
(写真)診察室で血圧を測っている様子。サポーターが横で血圧計の目盛を読んでいる。
3.リスクマネージメント
【移動中の安全】
・下り階段では、衝突で相手が転倒しないように注意する。
ひやりとすることはあるが、事故には至らず。
・自分自身が柱やドアに衝突し、軽いけがをすることはある。
(写真) 手すりをつたいながら階段を上る様子。
【当直時の対策】
・視覚障害のために対応できない事態に備え、控えの医師を割り当てる。
今のところ、控え医師に出勤を依頼したことはない。
・窒息の事態に備えて看護師は救命の訓練を受ける。
・誤嚥に備え、食物の形態には常に注意する。
・緊急事態を全職員に知らせるために、「鈴木先生!○○へ!」 コールを定める。
【緊急処置】
・裂傷など、ファスナートで対応できない時は、 近医を外来受診。応援の病棟職員が出勤。
・病態によっては救急車で受診。日赤や和歌山県立医大の救急部など。
【死亡診断】
・死亡診断を要する時には、聴診、触診、モニター、看護師の情報を用いて行う。
・経過についてのカルテ記載は、カーソルを用いて自筆する。
・診断書は口述筆記で行う。
・その内容は、自筆でカルテに記載する。
4.患者 ー 治療者関係
・診察時、サポーターが付く。患者によっては席を外すことも必要。
・患者は、治療者を、声掛けや手引きをして、いたわってくれる。
しかし、躁状態では、信頼を損ねるような発言を聞くことがある。
・患者は、普段、言葉にしなくとも、治療者が盲人であることへの不安や不満を感じることもあると推定する。
5.その他
【院内】会議、書類決済などの事務処理
【院外】精神保健福祉関連の活動
保健所、就労支援施設、家族会など
6.まとめ
・進行性の眼疾患と診断された後、医学教育を受け精神科医となる。
その後、全盲となったが、現在も臨床に従事。
・臨床業務を遂行するためには、サポーターや看護師の協力は不可欠。
・視覚障害は、移動や読み書きに困難を伴う。
しかし、サポートがあれば全盲であっても臨床業務の遂行は不可能ではない。