【新型コロナウイルス感染症で入院しました】 【機関誌第7号】 Top
川 上 真 弓(かわかみ まゆみ)(東京都)
私は、視覚障害のある医療従事者として病院(リハビリ室)に勤務していました。夫と二人暮らしです。2021年1月15日に夫がコロナを発症し、2月15日に私が職場復帰するまでの経験を書きます。
在宅でリモートワークしかしていなかった夫が先に38度の発熱で発症しました。発熱後、すぐにかかりつけ医でPCR検査、翌16日に陽性の結果が担当医師から知らされました。医師によると、保健所からの連絡が遅れがちなので、連絡が来る前に具合が悪くなったら救急車を呼ぶように、とのことでした。また、妻が医療従事者であることを保健所に伝えてあるので、妻のPCR検査や隔離の指導があるかもしれないとのことでした。
17日朝、保健所から電話があり、夫は軽症者扱いとのことで自宅待機か宿泊施設への入所を選択するように、私には濃厚接触者として外出自粛をするように、と指導がありました。その際、夫がてんかん患者であり、私が視覚障害者であることを保健所では既に把握してくれており、それに伴う困り事についての聞き取りと対策検討がありました。
例えば、家庭内感染を避けるために夫が宿泊施設に行った場合、一人残された視覚障害者の私が濃厚接触者としてヘルパーさんの来訪による支援を得られないなか、夫からの視覚のサポートもなくなることへの心配や、一方、私が宿泊施設を選んだ場合は、慣れない環境で人によるガイドもなく、貼り紙の案内を見ての単独行動が基本なので、私には無理ではないか、それなら入院の方がよいのではないか、などのシミュレーションでした。最初の電話でのこれらの検討は、安心感を与えてくれてありがたかったです。
結局、夫は39度近い熱の状態のまま5日間自宅療養をさせられ、頭痛が耐えがたくなり消耗しきった1月20日にようやく近隣にある都立広尾病院に入院できました。
私はそれまでの間、日に日に悪化する夫の病状を心配しながらの看護、すべてに伴う家庭内感染対策、家事一般、夫の入院準備といった慣れない室内作業を、夫やヘルパーさんの目のサポートなしでしなければならず、これが大変きつかったです。ただ、夫が入院した後の食料の買い出しや夫への差し入れといった自宅外作業については、隣人の援助と、日ごろから縁のある社協ヘルパーステーションの支援を得られたことが、大変助かりました。
私の方は、1月19日に1回目のPCR検査で陰性だったものの、26日頃から嗅覚障害と頭痛に加え、悪寒としかいいようのない嫌な感じと下痢が始まりました。食欲がない状態ではあるものの、息切れや発熱はないといった日が5日間ほど続きましたが、31日に37.9度の熱が出ました。
2月1日、PCR検査をし、翌朝保健所から陽性であることが伝えられました。私からは体調が悪化傾向であることを訴え入院を希望し、保健所の方でも医師と相談した結果、即日入院が決まりました。基礎疾患(高脂血症、咳喘息、不整脈)の薬をのんでいたことも考慮されたようです。
入院先は、居住する渋谷区内にある東海大学医学部付属東京病院です。後からこの病院が障害者・高齢者のために用意されたところだと聞きました。
病院に到着して、タクシーを降りる前に防護具を着た職員によりパルスオキシメーターが指につけられ、酸素飽和度が94%と出て、その場で1gの酸素が鼻から流され始めました。そのままCT室に直行、検査後まもなく病室で担当医師からCT画像を示され、「中程度の結構な肺炎です」と言われ、続いて治療方針の説明がありました。
すぐに、デカドロンというステロイド剤を服用(後で、「それが効いたね」と看護師が言っていましたが)、夕食時には例の「悪寒」がすっかり消えて食欲が回復していました。「助かった」と感じました。新型コロナに対する薬であるベクルリーという点滴薬もその日の夜から開始、ステロイド剤と同様5日間続けられました。薬としては、この他に血栓溶解剤の皮下注射と胃腸の薬が出ました。
熱は、翌日には平熱に下がっていたと記憶しています。血液検査でも、初日には組織の破壊を示すLDHが高値だったのが翌日には安定、炎症反応(CRP)も高値(10)であったのが9に改善、同時にベクルリーの副作用としての肝機能の低下がみられないことも確認されました。
5日間の薬物治療の間、毎日血液検査が行われ、順調に数値が安定していき副作用もなく、治療が終わった後の3日間、症状の再燃もないことが確認され、最短の入院期間で2月10日に退院しました。
私の入院生活では、視覚障害に対する配慮は行き届いていました。それは看護師はじめ職員の皆さんに、私が視覚障害者だということを周知されていて、障害当事者の要望をいつも聴く姿勢で仕事をされていたことにあります。それがどれだけ過ごしやすい入院生活につながったかわかりません。
例えば、希望により売店の品揃えのリストを読み上げて注文を書き取ってくれる、配膳の時に献立と配置を説明してくれる、薬を看護師管理にしてくれる、などです。必要かどうかを尋ねてから必要なことだけをしてくれるのが、大変ありがたかったです。
また、音声パソコンを使えるWi-Fi環境が整っていたことに加えて、感染対策をした看護師さんがWi-Fiへのアクセスを視覚障害者の目となってサポートしてくれたことも、大変助かりました。
ちなみに、この病院は元々消化器専門とのことで、交通の便利なところにあり、2フロアおよそ70床という小規模の病院全体をコロナ専門にしていました。重症者は入院していないようで、薬の治験を患者に勧めている様子もありました。
障害者用という触れ込みではない公的病院で、コロナ患者を多数引き受けていた夫の入院先では、ベッド脇に置いたポータブルトイレで排泄し、入浴・シャワーなし、室外移動禁止という処遇とのことでしたが、私の入院先ではフロア内移動は自由で、トイレ、洗面、洗濯、入浴・シャワー利用も自由でした(病室内は陰圧室でしたが廊下は違うため、携帯通話や運動等は禁止でしたが)。
これら全体の処遇を可能にしていたのは、おそらくこの病院がコロナ専門病院でしかも障害者・高齢者を扱うという位置づけを持たされて、それに特化した仕事ができる余裕を職員が担保されていたことにあったのではないでしょうか。
このような体制は、行政からどのような補償があって可能になったのか、このような対応のできる医療施設を必要な誰もが利用できるためには何が必要なのかも知りたいと思いました。
以上、視覚障害者の立場から書いてみました。