「続・我が輩は盲導犬オニキスでござる」
田 中 康 文(たなか やすふみ)(栃木県)
私は、平成22年(西暦2010年)8月14日生まれの13歳の可愛い女の子、と言ってもおばあちゃんですが。人間なら中学生、私は犬なので人間に例えると80歳ぐらいになるでしょうか。
約8年前、5歳の時に「我が輩は盲導犬オニキスでござる」(機関誌第4号)で私を紹介していただきましたが、今回は続編で私の最近の状況をお伝えしますね。
私も寄る年波には勝てず、最近は昔のように弾丸のごとく駆けずり回ることもできません。トボトボと歩き、しかもラブラドールという犬種は股関節や関節が弱く、時々前足がガクッと折れたりして、階段をスムーズに降りることもできなくなり、随分、年を取ってしまいました。
そのため盲導犬としての働きも少なくなったというかほとんどなくなり、ハーネスをつけて歩くのは、私の足腰が弱らないようにと、ご主人様が10分ぐらいの散歩に連れ出す時ぐらいになりました。
昔はよくご主人様と公園に遊びに出かけました。私はボールが大好きだったので、子供たちがサッカーの練習をしていたら、私も仲間にはいりボールを鼻面で転がして練習していたことがありました。その時、子供たちから本田圭佑(ほんだ けいすけ、当時はプロの代表サッカー選手)よりうまいなあと褒められました。
またある時、3歳ぐらいのちっちゃな女の子が少し大きなボールでまりつきをして遊んでいたのでその子に近づくと、その子はびっくりしてそのボールを持って泣きながら走り出したので私は遊んでくれていると勘違いしてその子を追いかけ回し、その子の母親にえらく叱られたことがありました。一緒に遊びたかっただけなんだけど。
私は盲導犬として、むやみに吠えないよう訓練されていますが、今まで数回大きな声で「ワン」と吠えたことがあります。そのうちの1回はボールが関係しています。私の大好きなボールを女の子が持っていて、そのボールがほしかったのですが、その女の子が「あげないよ」と言って自分の頭の上にボールを乗せたので、「そんないじわるしないで私にもそのボールをくださいよ」と思わず大きな声で「ワン、ワン」と吠えてしまいました。
私が住んでいるおうちには7匹もの犬がいて、その犬たちが時々ケンカをする時があります。ある日、2匹の犬がケンカしてお互いに激しく吠え合っていました。私はしばらくの間、様子を見ていましたが、一向にケンカをやめないので仲裁に入ろうと思って、その2匹の犬の周りをグルグルと回りました。
しかし、それでもケンカをやめないので、2匹のうちの1匹の頭の上に私のアゴを乗せて、もういい加減にしろという意味で大きな声で「ワン」と吠えたところ、間もなくケンカをやめました。
このように、昔は走ったり大きな声でワンと吠えたりして元気一杯でしたが、今は天気のいい日は芝生の上に横たわって日光浴をしたり、お母様に散歩に連れて行ってもらった時に草花の中で匂いをかいだりして静かに余生を送っています。
ところで、私の名前は「オニキス」と言いますが、その名前は天然石のオニキス(ONYX)に由来します。邪気や悪気を祓う魔除けのパワーストーンとして知られています。その曇りのない漆黒の美しさは、迷いのない信念を象徴するような強さを表しており、その力強いエネルギーで持ち主を守り、サポートすると言われています。
その自慢の曇りなき美しい瞳も、最近は白内障で輝きを失いつつあります。また、持ち主を力強いエネルギーで守りサポートするはずですが、最近ではご主人様がコタツに入ってうたた寝をしている時は、ご主人様の頭を跨いだりして、ご主人様をお守りするどころか私が通るのにご主人様が邪魔になる時さえあります。
また、ご主人様と同じく耳まで遠くなり、呼ばれてもよく聞こえない時があります。
私は若い頃、体重は23sを維持していましたが、最近はそれほどたくさん食べていないのに30sぐらいになり、ダイエットしても体重が減りません。代謝が悪くなって脂肪ばかりたまるようになり、首の皮もたるむようになってきました。しかも体中に脂肪の塊や血腫のようなイボが顔を含めてあっちこっちにできて、若い頃の美貌も衰えてきました。
若い頃、ご主人様と一緒に熱海へ旅行に行った時、ご主人様はベンチに座り私はベンチのそばに横たわっていましたら、「とってもきれいな犬がいる」と大騒ぎになり、たくさんの人が集まって来たことがありました。今ではそのような美しさを失いつつありますが、食欲は旺盛で、ご主人様から「歩く胃袋」とからかわれています。
また、耳も遠くなっているはずですが、なぜかご主人様がお菓子の袋を破る時は不思議によく聞こえます。
以前は、ご主人様が仕事で診察している時はその机の下でひたすら従順に静かに寝たり横たわっていました。しかし最近は、ご主人様から自由に歩く許可を得て診察室の椅子に座っている患者様の横を通ったり、待合室の畳の上でゆっくりと寝かせてもらっています。患者様は診察のため呼ばれた時に私を跨いで行かれますが、それほど違和感はないようです。
また夜は、敷かれた羽毛布団の上にご主人様が寝るより前に横たわって、ご主人様用の枕の上に頭を乗せて気持ちよくゆったりと寝かせてもらっています。もちろん、ご主人様が寝る時は足元に移動する時もありますが、ご主人様が私を可哀想に思ってか枕の上で寝ている私をそのままにして、ご主人様が足元から入って座布団を丸めて枕にして寝ることもあります。
このように私は大変恵まれた人生というか犬生を送っており、今はそのような環境を与えてくれたことに感謝して、残りの犬生を楽しみたいと思っています。