【我が輩は盲導犬 オニキスでござる】     【機関誌第4号】     Top



                    田 中  康 文(栃 木)


 まずは自己紹介するね。
 私は現在5歳になるとても可愛い女の子。群馬県の繁殖ボランティアの家で、平成22年8月14日の夜に打ち上げ花火とともに9頭の長女としてこの世に生を受けた。そこで2ヵ月間兄弟とともに暮らし、その後、視覚障害者の歩行支援を行っている東京のアイメイト協会を通じてパピーウォーカーの自宅で1年間、愛情たっぷりに育てられた。

 その後、アイメイト協会で4ヵ月ほど盲導犬としての厳しい訓練を受け、2歳の時に大変かわった今のご主人様の田中康文に出会った。

 今のご主人が盲導犬とともに生活してみようと思ったきっかけは、自由に一人でどこでも出かけられるよう、京都での漢方勉強会に一人でも行けるよう、仕事場から一人でも帰られるよう、さらにとかく視覚障害者は運動不足になりがちなのを解消したい、という理由であったと聞いている。
 また、日本に数ある盲導犬育成センターからアイメイト協会を選んだのは、候補となる子犬が優秀であること、訓練が大変厳しく、どこへでもユーザーと一緒に行けるように訓練されていると聞いたからである。

 私たち盲導犬は、よくテレビ放送で健気な犬、お利口さんな犬として私たちが主体であるかのように取り上げられているが、アイメイト協会創始者の塩屋賢一の「盲導犬は盲人の目である。盲人が主体で犬が主体ではない」という主旨に沿って、視覚障害者が一人でどこへでも出かけられるように訓練されており、その分、視覚障害者が事故につながらないよう、ユーザーも私たちも大変厳しく訓練されている。

 訓練は4週間にわたり、ユーザーは訓練士と3人の仲間とともに合宿生活を送る。朝6時起床、まずは私の排泄と朝食、それからご主人様の朝食、私のブラッシング、午前と午後のそれぞれ1時間ほどの私との歩行訓練、ご主人様の夕食とお風呂、夜のミーティングで、就寝は夜10時。私もご主人様も毎日ヘトヘトであった。

 アイメイト協会で訓練を受けるユーザーは必ず自立していることが条件で、部屋の掃除、シーツや掛け布団のカバーの交換などはユーザー自身がやらなければならない。4階にある洗濯機で洗濯する場合など、部屋を一歩でも出る時は必ず私と一緒に行かなければならないという規則がある。

 ある日、毎日の歩行練習で膝を痛めた訓練仲間に、ご主人様が湿布剤を届けようと、そっと一人で部屋を出たところ、訓練士に見つかりひどく叱られていたことがあった。

 また、ご主人様が風呂に入る時、風呂場のドアの前で私はチェーンでつながれ、待機していなければならないという訓練がある。ある時、ご主人様はそのチェーンを持って来るのをすっかり忘れ、部屋に取りに戻るのが面倒だったらしく、牛の皮で作られたリードで私を風呂場のドアの前につないだ。私は朝6時の食事以外、昼は水だけで、毎日の歩行練習でいつもお腹がペコペコだった。その牛の皮がとても美味しそうに見え、つい食べてしまった。

 ご主人様が風呂から上がり、私に向かって「ご苦労様」と言って、一緒に部屋に戻ろうとしたら、
 「あれっ、ヒモがない!」
 リードのヒモがなく、金具しか残っていなかった。ご主人様は何が起こったのかさっぱりわからなく途方に暮れて、その金具を集めて手のひらで転がしていた。

 その時、ご主人様の目の前に訓練士のHさんが現れて、
 「これで何が起こったのか理解できますよね。オニキスが牛の皮を食べてしまったんですよ。以前もほかの盲導犬がハーネスの牛の皮を食べてしまったことがありました。今後はこのようなことをしないでください」
 と厳しく叱られていた。訓練士たちはそっと部屋の隅で私たちを観察していたようで、私も身が引き締まる思いでした。

 私とご主人様の訓練内容は、歩道の歩き方、階段の降り方や昇り方、段差のある所の歩き方、横断歩道の渡り方、障害物の避け方、電車の切符購入や改札口の通り方、電車に乗ったり降りたりする練習、エスカレーターに乗ったりデパートに行く練習、吉祥寺の繁華街を歩いて人の避け方など。
 最後は卒業試験として銀座を歩いた後、インドカレー店に皆で入ってご主人様たちは食事と会話を楽しんでいた。

 翌日はアイメイト協会から私とご主人様だけで自宅に戻ったが、自治医大駅を降りてマンションの玄関で、訓練士のHさんに出迎えられた時は大変びっくりした。Hさんは、おそらく私たちと同じ電車に乗って、私たちが無事、自宅に戻れたかどうかを確認するために同行していたのだろうと思う。アイメイト協会はこのようなきめ細やかな配慮がなされているので私も感動した。

 厳しい訓練のお陰で、ご主人様は現在、電車に乗って自宅と『ふれあい漢方内科』を往復したり、東京や京都へ行ったりして、以前の5倍以上、行動範囲が広がったと私に感謝している。

 ご主人様は朝3時半起床、漢方の勉強をして、朝5時に私の食事を準備した後、排泄を手伝い、それから私と出かけている。そして帰ったら、まずは風呂場で私のブラッシングと歯磨きをするなど、毎日大変かと思うが、ぜひがんばってほしい。

 ご主人様は寂しがり屋で、寝る時私をベッドに呼んで一緒に寝ようとするがベッドが狭く、私は寝返りも打てないため、ご主人様のベッドの横にある自分のベッドにすぐ戻るのでいつも申し訳なく思っている。ごめんなさい。

 ところで、私の名前は「オニキス」というが、その名前の由来は、天然石で邪気や悪気をはらう魔除けのパワーストーンとして知られているオニキス(ONYX)から来ている。その曇りのない漆黒の美しさは、迷いのない信念を象徴するような強さを表しており、その力強いエネルギーで持ち主を守り、サポートすると言われている。

 このように私の名前は素晴らしいという一言だが、確かに訓練が終わった後の2年間は緊張もあり、ただただご主人様の命令通りに従い、ひたすらご主人様を守ってきた。
 しかし、最近の1年間は、私のあまりの美貌と可愛さで皆にチヤホヤされたためか、ご主人様の診察中は机の下で足下におとなしくくるまってはいるが、昼休みに解放されると、まずは秘書の大柿さんの所に鼻息荒く挨拶に行き、そのスリッパがほしくてくわえたり、初めて会う人に挨拶に行って手をなめたり、しばしばハメをはずすようになってしまった。

 また、ご主人様と買い物に行った時、珍しいアヒルがいたので、そこに挨拶に伺ったり、ヤギを見るとオシリをかいだり、また先日は、テーブルの上に置いてあった鯛焼きの誘惑に負けて食べてしまったりした。庭の花壇に植えてあった10数個のチューリップの球根をすべて掘り起こし、食べてしまったときはさすがにひどく怒られた。

 このようにご主人様の邪気をはらったり守ったりするどころか、邪気に惑わされてその誘惑に負け自分勝手な行動をとるようになったことを反省し、最近よく教会に行き、最前列で両前足を合わせて祈りながら、牧師の説教を聞いて初心を取り戻そうと思っている。

 最後に、私の弁護のために敢えて言うが、歩行の時はいつも段差や横断歩道では止まってメリハリをつけ、ご主人様がケガをしないように気をつけている。今後、さらに歩行に事故がないように、一層磨きをかけたいと思っている。