【[その1]ジンセーが変わった日 [その2]大安楽観音白日夢】 【機関誌第5号】 Top
渥 美 正 彦(あつみ まさひこ)(大 阪)
【その1】 ジンセーが変わった日
おはよう!
あたし、ラン。
お年頃の2歳だよ!
あー、やっと朝ね。もう、クッションの上で丸くなってるのにも飽きちゃった。
パパったら、昨日も酔っ払って帰ってきたから、シャツもズボンも脱ぎっぱなし。ママ怒るよー。パパって、インチョーっていうえらい人みたいなんだけど、そんな風に見えないなー。お酒飲んでるか、靴下丸めて投げて、あたしに取って来させるか、寝てるかだよね。あ、なんかたまに、あたし引っ張って、めちゃめちゃ走るの。10キロとか。近所で噂になってるらしいよ。おっさんが可愛い子引きずりながら走ってるって。
ママはすごいんだよ。リジチョーって、パパよりえらいんだって。美味しいご飯も作れるし、いい匂いするし、なんか柔らかいの。あとね、変身するのも上手なの。お顔こちょこちょ触ったら、全然違う顔になるんだよ! あ、これママには内緒ね。
あ、2階でドスドス歩く音がした。お兄だ。お兄は変わってるんだよ。みんなあたしに会うと、「キャー、可愛い!」とか、「ちっちゃいー」とか、ネコみたいな高い声になるのに、お兄だけは無反応なの。本当はロボットなのかも。あ、でも、アニメ見てる時とギター弾いてる時だけは大笑いするよね。その時だけ人間に変身するのかなあ。
あ、一番ちっちゃいあの影は。あーっ、お姉ちゃんだ!
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!
お姉ちゃん、大好き!
ね、ね、あそぼ、あそぼ、あそぼ!
こちょこちょして! お腹撫でて! チュッチュして! ボール投げて!
あー、楽しかった!
あのね、お姉ちゃん。2年前のあの日、あたしがこのお家に来た日、お姉ちゃん、怖くて震えてたあたしのこと、ずーっと だっこして撫で撫でしてくれてたよね。あたし、あの日のお姉ちゃんのお手ての感触、絶対忘れないよ。
嘘みたいだけど、あのロボットみたいなお兄が、あたしに『ラン』って名前つけてくれたんだっけ。ねえお兄、あたし、この名前、結構気に入ってるのよ。
犬嫌いだったママが、あたしが来てから、トイプードル大好き奥さまに変身したんだよね。毎日、おうちに帰って来たら、「ランー」って走って来て、ギューしてくれるの。柔らかくていい匂いで、うっとりするの。
一人寂しくジョギングしてたパパが、毎朝あたしとトコトコ走りながら、気持ちわるいくらいニコニコしてるの、あたし知ってるよ。
ん? 「ランが来てから、ジンセーが変わった」って、パパとママがお話ししてるね。ジンセーって何かなあ。新しいおやつのことだったらいいなあ。
あー、お姉ちゃんと遊んでたら疲れちゃった。ちょっと寝るね。
みんな、おやすみ!
【その2】 大安楽観音白日夢
東京で丸一日、専門分野の一つ「睡眠」の勉強のつもり…が、持ち前のおっちょこちょいを炸裂させて、事前予約を入れていなかったことが判明。予定が吹っ飛び、突然暇になってしまったのです。
無駄に早起きして、あてもなく神田の街をスロージョグしていたら、なんだかいい感じの観音様が目に留まりました。お寺の名前が「大安楽寺(だいあんらくじ)」。
早朝のため、住職はじめ、どなたもおられません。ホテルに帰って調べてみたら、大安楽寺は西国三十三所ならぬ「江戸三十三観音」の五番霊場であることが判明。最近、西国三十三所巡りを再開したところだったので、俄然やる気に。
朝食もそこそこに近くの第三霊場、大観音寺で御朱印帳を確保し、一路浅草へ向かいます。話に聞いていた雷門のどでかい提灯をバックに、顰蹙を買うくらい念入りに写真撮影。
カートを引きずり回しながら浅草寺、清水寺(せいすいじ)から腹ごしらえのラーメン屋巡りを挿入しつつ、両国回向院、上野は清水観音堂(きよみずかんのんどう)と猛スピードで回って、午後おそくになって、ようやく後回しにしていた大安楽寺へ。
浅草寺や清水観音堂のような巨大なお寺とは違い、こちらの納経所は住職のご自宅。薄暗い玄関にあげていただき、御朱印を頂戴します。帳面をご覧になった住職がニコニコしながら一言。
「おおっ! 今日一日で六つお参りされたんですね。すごいなあ!」
「いえいえそれほどでも」
ドヤ顔でお礼を言って踵を返すと、不意に薄暗い玄関にサーッとまばゆい光が!
「のう、お前様よ。少しお急ぎではないかな? お参りというものは、暇に任せて、ゆーっくりなさるのが、一番良いのじゃよ。次からはな、そうなさい」
何?
誰?
観音様?
慌てて振り返ってみても、そこには件の住職が穏やかな笑みを浮かべておられるだけ。
… ホンマやなあ。せっかくのお休み、お参りくらいゆっくりしよ。
家帰ろ。
とてもいい休日でした。